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矢野健太郎『邪神伝説』シリーズ

 初期、日本クトゥルー史に大きな影響を与えたのは、A.『定本ラヴクラフト全集』や『ラヴクラフト全集』と言ったラヴクラフト著作関係と、B.『暗黒神話体系クトゥルー』や『真ク・リトル・リトル神話体系』などのクトゥルー神話関連と、C.『魔界水滸伝』や『妖神グルメ』などの小説関連と、D.『クトゥルフの呼び声TRPG』およびサプリメントなどの関連商品の四つだと思うのですが、その次に何が来るか、となると私は1988〜1993に不定期連載された『邪神伝説シリーズ』を挙げたいと思います。


 日本クトゥルー神話史の初期に生まれた作品であるにも関わらず、『邪神伝説』はその神話解釈や表現やネタが一級品なのです。ラヴクラフトクトゥルー神話作家たちの素材を要所を押さえつつも、オリジナルな部分を作品に載せて見事なストーリーを創り上げています。(恐ろしくネタバレになりますが、後継のエンタメ系クトゥルー神話である『ニライカナイ』『アリシア・Y』『斬魔大聖デモンベイン』『終末少女幻想アリスマチック』といった長編作品のほとんどがこの作品のストーリーと似た構図になっています。……まあ、大元はラヴクラフトのあの作品からの影響なのでしょうが、それにしても凄い影響力だと思っています)




■ 内容



 クトゥルフ神話をテーマにした伝奇系コミックです。
 『ラミア』『ダーク・マーメイド』『ラスト・クリエーター』『コンフュージョン』『リ・バース』の5巻からなり、1冊あたり3話前後収録。
 そこに登場する神話存在がこの上なく豪華なのですよ!
 クトゥルフ、ディープワン、ダゴン、ミ=ゴ、古のもの、バステト、グール、クトゥーニアン、クトゥグア、イタクァ、シュブ=ニグラス、ショゴスナイアルラトホテップ、ヨグ=ソトースなどなど。
 代表的な神話存在はほぼ登場すると言っても間違いじゃありませんし、以上の組み合わせで大怪獣バトルをおっぱじめるなんてことも!



 作者の矢野健太郎さんはツイッターこう呟いております。

@yanoja: 邪神伝説は、とにかくみんなに「クトゥルー神話っつーすげーもんがあるんだぜ!」って知らせたいから描いてた部分が大きくて、とりあえず掲載誌の読者を神話作品群へ引き込むための方便として確信犯的にアクションとかラブ要素とか盛り込んだから、当時の自分の中ではNGスレスレだった。

 ──と。
 作者ご本人が仰るとおりダーレス系のクトゥルー神話観で、超能力バトルとロマンスが軸のエンタメ作品です。バイアキーを乗り物にしたヒロインが空を飛んで現地に向かったり、超能力で邪神の攻撃を弾き返したり──。ラヴクラフトの『ダニッチの怪』やダーレスの『永劫の探求』シリーズを念頭に置いた、魔導書や神話道具や魔法を使ってがんばれば、「人間でも対応出来るかも知れないクトゥルフ神話」を扱っています。
 宇宙的恐怖というよりも、伝奇バトル作品なので一部のクトゥルフ神話ファンが眉を顰める内容なのですが、ひとまずそれらの価値の優劣は脇に置き、クトゥルフ神話そのものに言及している部分を抜き出すことにしましょう。すると、実に素晴らしい側面が見えてきます。


 シリーズ全編がクトゥルフ神話作品なので上げていくとキリがないのですが、まず一例としてこの画像を御覧ください。



 死体がある神として甦るシーンを抜き出したものなのですが、首のなく、干からび初めて寄れ始めた死体をニャル様の表現につなげるだなんて! ここには「無貌なる神」、「月に吠えるもの」、「血塗られた舌」と呼ばれるお姿が見事に描かれているのです。


 これだけじゃなく、登場するニャル様はことごとく魅力的で、『ラミア』における「説明しただろ あんたが言った「見さげ果てた」魂の持ち主ばかりだから この世界は実に好ましい」や、『リ・バース』の「互いに矛盾し合うから「混沌」だろうが!」などは、ニャルラトテップの特徴をしっかりととらえた素晴らしい台詞だと思います。



 湯船に使った少女を眺めるディープワン。
 ですが、ただのお色気シーンと思っていただいては困ります。
 文字として表現されてはおりませんが、これは「窓に!」 窓に!」と読者に突っ込ませるためのネタ!(のハズ……。「志村、後ろ! 後ろ!」かも)


 作品バリエーションは極めて多く、ハスターの復活を止める作品があったかと思えば、古のものと絡めて南極に向かったり、湖底に沈んだ村の神話存在と対決したり、ドリームランドで銀の鍵を探したり。もうなんというか、こんな濃密なクトゥルフ神話漫画は出てこないんじゃと思えるくらいの豪華さなのです。


 ちなみに……。事あるごとに女の子のおっぱいが出てくる漫画です。
 バトルをすれば服が脱げて素っ裸に。放っておくとシャワーや着替えなどのシーンが。
 とは言え、これは昔も今も変わりませんね。青年誌におけるおっぱい露出率はいつの時代も高いのです(笑)




■ クトゥルフの呼び出し

 youtubeにはクトゥルフ様が電話相談を始める『Calls For Cthulhu Episode 1』なんてシリーズ動画がありますが、邪神伝説シリーズ4巻『コンフュージョン』には『クトゥルフの呼び出し』という神話パロディ漫画があります。
 クトゥルフさまがツァトゥグアを呼び出して、夜の街にナンパに出かけるという話。クトゥルフのコメディとしても、矢野健太郎さんは最先端をぶっちぎっていたわけですよ!





■ 入手法

 今では絶版。中古でしか入手できませんが、中古価格は安く、ブックオフなどで全5巻とも、100円前後の値段で置かれていることが多いです。
 作者にお金が入らないので申し訳ないのですが、日本クトゥルー神話史における必読の古典とも言えるこの作品、見かけたらすぐに確保するのをオススメします!(ちなみに布教用に最適。ラヴクラフト全集は読めなくても、この漫画だと読みきれますし、ほとんどの神話存在が登場するので自然にクトゥルフ神話が学べるのですよ!)