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初音姉様を中心にした日本アトラク=ナクア史

 アトラク=ナクア【Atlach Nacha】とは?
 

 アトラク=ナクアはクトゥルフ神話に登場する蜘蛛の神です。
 初出は『クトゥルー4』に収録されている『七つの呪い』。描写はこんな感じです。

  ラリバール・ヴーズは縁に近より、巨大な巣が間隔を置いて崖にくっつき、ロープほどの太さのある糸がおびただしく交差して網の目をつくり、深淵全体にはりわたされているらしいことを見てとった。この巣は別として、割れ目を渡る手段はなにもない。遠くはなれたひとつ崖の上に、人間がうずくまった大きさくらいだが、長い蜘蛛の足を備えた暗い姿が見えた。

 (中略)

 こういうと、蜘蛛の神は巨体を巣からおろし、深淵の縁にそって速やかに走り、姿を消してしまった。どこか遠くの場所で、また新たな橋をつくりだすためらしい。


 やってきた人間と普通に話した後、またせっせと深淵にわたる橋を作る仕事熱心な神様という感じ。C・A・スミス作品全般にいえるのですが、一般的なクトゥルー神話がもたらす「邪神」というイメージはありません。*1


 さてさて。元のイメージはさておき、この蜘蛛神が日本でどうなったかを以下見ていきます。


 高橋葉介の短編『蜘蛛』



 このアトラク=ナクアを日本で最初に取り入れたのは高橋葉介。*2
 『夢幻紳士怪奇編2』に収録されている短編『蜘蛛』で、発見した新種の蜘蛛に「Atlach Nacha」という名前をつけました。


 で、ここからが面白いところ!


 アリスソフト『アトラク=ナクア』のリリース


 1997年にアトラク=ナクアの名前を冠した『アトラク=ナクア』という18禁PCゲームがリリースされました。最初は「アリスの館4・5・6」に収録された1作品という形でこの世に出たのですが、簡素で淡麗な文章と魅力的な音楽、黒い長髪のセーラー服姿のお姉さま「比良坂初音」のかっこ良くも素敵なキャラクターと、当時は珍しかった百合要素のあるゲームということもあって人気を博し、2000年には単体で発売されます。


 ですが、このタイトル『アトラク=ナクア』はクトゥルフ神話からとられたものではなく、先に紹介した高橋葉介の短編『蜘蛛』のインスパイアから生まれたものだと思われます。
 ネタバレになりますが、2枚のスクリーンショットを御覧ください。




 前者が高橋葉介の『蜘蛛』における最後の一コマ。
 後者がアリスソフトの『アトラク=ナクア』における最後のイベントCGです。
 偶然か必然か、物の見事に構図が同じ。(2012年05月02日追記。ただし絵の担当さんの方は高橋葉介の『蜘蛛』をご存じなかったとの証言が、シナリオライターさんから。ツイッターですが、こちらに。)


 このように、アリスソフトの『アトラク=ナクア』は、あくまで高橋葉介の『蜘蛛』についてのオマージュであって、クトゥルフ神話作品とは呼びづらいものがありました。クトゥルー神話作品のお薦めという形で「アトラク=ナクア」をあげているつぶやきをみて、「その作品には複雑な事情があって、クトゥルフ神話作品とがっちり言い切れるものじゃないんですよー……」と何度思ったことか。実際、タイトル以外にクトゥルー神話要素はありませんしね。


 実際、販売元のアリスソフトがそのことを明言しております。
 その証拠がこちら。
 わざわざマニュアルにクトゥルフ神話とは関係ない旨が書かれています。よっぽど問い合わせがあったのか、心無い人が「これはクトゥルー神話じゃない!」とメールでも送ったのか。



 例えば、デモンベインに登場したアトラク=ナクアなら、他にも沢山のクトゥルフ神話用語が登場することもあり、ネーミングは完全にクトゥルー神話からの影響なんですけどね。
 次の画像が、デモンベインのアトラク=ナクア。ネクロノミコンのアトラク=ナクアについて書かれた断章が、実体化して動き回っている、という設定です。



 この戦いの後、大十字九郎とアル・アジフが乗り込むデモンベインの武器になり、こちらのリンク先の画像のように相手を捕縛する兵器になります。まさに邪神の力。



 「アトラク=ナクア」という「比良坂初音」のイメージ


 ですが、PCゲームの『アトラク=ナクア』が再び日本クトゥルフ神話史に組み込まれることが起こります。
 クトゥルー神話要素が大量に登場する『エンジェルフォイゾン』『怪物王女』『這い寄れ! ニャルアニ』と言った日本クトゥルフ神話史でも大きく輝く三作品が、先の「比良坂初音」のデザインを意識したアトラク=ナクア女体化を登場させたのです。





 それぞれ性格は違いますが、すべて黒髪長髪のキャラクター。
 『エンジェルフォイゾン』のナチャは初音姉様と似ていると言いがたいところがあるのですが、『アトラク=ナクア』と同じく学校に糸を張るシーンがあり、その背景絵がかなり似てます。
 『怪物王女』の南久阿は、学校に隠れて潜み、迷い来るものを食らって力を蓄えるところまで同じ。*3
 デザイン的に一番似ているのは『這い寄れ! ニャルアニ』のアト子。性格はまったく違うのですが、和風の黒髪長髪美人というところはそっくりです。


 このように、それぞれが上手く著作権を回避し、インスパイアの域にとどめつつも、初音姉様からの影響を残したデザインに仕上げています。
 いや、わかります。だって「初音姉さま」、ものすごく魅力的なんですもん。正直、私も使いたいくらい。
 
 
 ですが、この流れのおかげで、PCゲームの『アトラク=ナクア』そのものは「タイトルだけクトゥルフ神話」にもかかわらず、日本のアトラク=ナクア史に多大な影響を与えているというものすごく不思議な構図が生まれたのです。*4
 
 
 
 追記。
 途中紹介した『怪物王女』の南久阿も凄く人気だったようで、今年に入ってから『怪物王女』のスピンオフ作品として月刊少年シリウスでシリーズ化されています。
 また、クトゥルフ神話作品である『かんづかさ』の2巻表紙にも、アトラクナクアの初音姉さまを元ネタにしたデザインのキャラが描かれています。


*1:C・A・スミスが創りだしたクトゥルフ神話の神々には温厚なものが多いです。有名なのだとツァトゥグァとか。

*2:所詮は一収集家のリスト。遡る可能性は十分にあります。

*3:正直、偶然かぶったという可能性もあります。ですが、『アトラク=ナクア』はこの当時のクトゥルー神話好きならほぼ確実に耳にしたことがある作品でした。影響を受けていない可能性は少ないと考え、記事にしました。

*4:もちろん、初姉姉様の影響を受けていない日本のアトラク=ナクアが存在します。『地下道の悪魔』とか『魔法少女プリティ☆ベル』とか。いつか森瀬繚さんが、(恐らく他の神々のリストも一緒に)書籍にまとめるとのこと。楽しみですね!