風見潤『クトゥルー・オペラ』4部作の概略と日本クトゥルー神話への影響
クトゥルー神話小説の歴史を語るとき、初期の有名作品として名前が挙がる『クトゥルー・オペラ』シリーズ。
なかなか手に入らないけれど、どんな内容なのか知りたい! と思われる方も多いと思いますので、ものすごく大雑把にですがまとめてみます。
全四巻で、各巻のタイトルは以下のとおり。
『クトゥルー・オペラ1 邪神惑星─一九九七年』
『クトゥルー・オペラ2 地底の黒い神』
『クトゥルー・オペラ3 双子神の逆襲』
『クトゥルー・オペラ4 暗黒球の魔神』
■ 大雑把な作品説明
クトゥルーオペラは、クトゥルー神話を題材にした超能力伝奇です。
その概略を説明すると、超能力を持つ七組の双子が世界の各地、あるいは宇宙を舞台に行う対邪神バトルもの──で、「だいたいあってる」気がします。
表現やシナリオの傾向としては、『科学的ギミックを応用した怪獣バトル』あるいはファンタジーの『パーティ対巨竜戦』のようなもの、が「超能力者たち対邪神」という構図で章ごとに行われる作品という感じです。実際そういうのを意識したのか、作中の挿絵ではクトゥルーやクトゥグアやガタノトゥアなどがドラゴンのイラストで描かれています。(ちなみにシュブ=ニグラトは触手持ちの巨大羊、ウボ=サトゥラは巨大蛇)
例えば……ですが、とある巻で行われるツァール&ロイガー戦から引用してみると──。
”ツァールとロイガーがあらわれました”
”どこに?”
”日本です。北海道です!”
”ツァールとロイガーは磁力を操れるようなのです。どちらがN極でどちらがS極かはわかりません。しかし、ふたりいっしょになると強力な磁力線をだします。記憶装置は磁性体を使っていますから、ひとたまりもありませんでした。”
ものの見事に怪獣モノっぽいですね!
(とは言え、この記事を元に「『クトゥルー・オペラ』シリーズはクトゥルー邪神でやった怪獣バトル作品だよ」なんてうそぶくと、ちゃんと読んでいるクトゥルー者に遭遇して痛い目に合う可能性がありますのでご注意ください)
で……戦った邪神たちは怪獣的存在ですから、人間側の超能力や兵器や機転に負け、ポコポコと倒されていきます。日本のジュブナイル×クトゥルー神話においては初期の段階から、人間は邪神をその手で倒してきたのです。(というかそもそも、ラヴクラフトの作品においても、邪神の子を追い払ったり、忌まわしき者達の拠点に軍がミサイル撃ちこんで掃討したりしているのですが!)
作者ご本人は、2巻のあとがきでこう書かれています。
このシリーズの通しタイトル“クトゥルーオペラ”というのは、ラヴクラフトによるクトゥルー神話大系にもとづいたスペース・オペラといった意味です。ラヴクラフトが超自然現象を駆使して読者に与えた恐怖を、SF的科学でばっさりやって、その割り切り方に爽快感を味わっていただけたら、と思っています。
以下、1巻からセリフやシーンの一部を抜き出してみます。
■ クトゥルーオペラ1巻に登場するクトゥルー神話用語の一部
なぜ醒めたのか、それは知らない。
知るだけの知性を持っていないのだ。それは〈旧き神〉の手で知性を剥奪された盲目白痴の存在であった。
名を、魔王アザトートという。
「めっそうもねえ。ダゴンを祭れば、たしかに魚は穫れるようになるだ。けど、それとひきかえに、若い男や娘を生贄にせねばなんねえ。ダゴンと交わって、混血の子を生まねばなんねえだ。(後略)」
「そ、それをとなえると、どうなるのだ?」
“ヨグ=ソトートがこの世に戻ってくる”
「あれは龍根岩(たっこんいわ)といわれているらしい」(中略)「近くの村人によれば、悪魔の岩礁というそうだがね」
この龍根岩(たっこんいわ)は「北海道積丹半島神威岬龍郷村(たつごうむら:架空の土地)」にあるようです。(北海道を舞台にしたいクトゥルフ神話作品創作者向け)
「この地下にはシュブ=ニグラトがとじこめられているんじゃないかな」
などなど。
クトゥルフ神話ワードが目白押しで、これら以外にもたくさん……本当にたくさんのワードが登場します。
1巻ラストではポセイドンなる名前の原子力潜水艦に乗り込んでクトゥルーを倒しに行くなど、後続の作品群(妖神グルメ、デモンベイン)にも影響を与えたと思われるシーンがあったりします。(デモンベインはそもそも、過去のクトゥルー神話へのオマージュのかたまりだったりしますが)
以下、ネタバレ白反転。
できれば、クトゥルーオペラを読み終えた方と、ものすごくクトゥルー神話作品を読んだ&プレイした方だけがお読みください。
各作品のものすごいネタバレに触れています。
クトゥルーオペラのエンディング付近のシナリオと、『デモンベイン』、『終末少女幻想アリスマチック』、『エンジェルフォイゾン』、『ニライカナイ』、『アリシア・Y』と言った名だたるクトゥルー神話作品のラストシナリオの一部が似てます。日本のクトゥルー神話長編のラストが「輪廻&神化」で閉じるものが多いというのは、『イクサー1』、『邪神伝説シリーズ』、『クトゥルーオペラ』といった初期の参照すべき超有名作品たちのラストが「輪廻&神化」系だったからこそなのかもですね。先達の素敵な作品に触れれば、それを踏まえた次を書きたくなるものですし。といってもクトゥルー神話の場合は、『銀の鍵の門を超えて』の影響と、ヨグ=ソトースというタイムトラベルものを意識せざるをえない設定の神さまの存在も大きいのでしょう。あと、「邪神」を大きなモチーフにして「物語的王道」を進ませると、主人公たちは「その困難を超える力をつける」→「邪神を超える神になる」というのが自然な流れになるのかもです。(反転終わり)
■ おまけ:ウルトラマンとクトゥルー神話についての妄想
科学と怪獣の組み合わせ──となると、ウルトラマン(科学捜査隊)を思い出します。もしかしたらこの『クトゥルーオペラ』も、人間対大怪獣を意識して描かれたのかもしれません。(4巻表紙の白服の人はウルトラマンっぽいデザインですし)
そう考えると、小中千昭さんがウルトラマンの中にクトゥルー神話ネタを入れたのも自然な流れであると同時に、ある種の回帰だったのかもしれません。「クトゥルー邪神とは倒すべき怪獣である」という切り取り方は、1980年にクトゥルーオペラが通過していたのですから。
■ 追記
創土社さまのクトゥルーミュトスファイルズでクトゥルーオペラが復刊しました!
一気に全巻まとめて一冊になっています。